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東京高等裁判所 昭和25年(ネ)405号 判決

控訴代理人は、主文第一ないし第三項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

三、事  実

当事者双方及び控訴人補助参加人は、それぞれ当審において次段のとおり陳述し、なお控訴代理人において、「被控訴人主張の賃金債権は本案訴訟の提起を許さぬ性質のものであり、且つ別件仮処分事件(東京地方裁判所昭和二十四年(ヨ)第三、五五八号事件)において金員支拂の命令を求める申請部分は仮処分の必要性なしとの判定を受け却下されたのであるから、同一趣旨に出た本件仮処分の申請は失当であるとの主張は撤回する。」と述べた外、原判決事実摘示のとおり、事実上並びに法律上の主張をしたので、ここにこれを引用する。

被控訴人の主張

公労法は、公共企業体の職員について、その公共的地位と公益上の理由から憲法の保障する爭議権を否定し、これによつて職員の蒙るべき不利益を是正する爲めに団体交渉権を整備強化し、団体交渉の決裂に備えて調停並びに仲裁制度を設けたのであるが、公労法上の仲裁制度は、一般勤労者が紛爭の解決を爭議手段に訴えると労働関係調整法上の仲裁制度を活用すると自由な選択に委されているのと異り、爭議権なき公共企業体の職員が基本的人権たる生存権と団体交渉権を確保する爲めの唯一の活路である。その裁定は、当事者がこれに服する以外に途なき紛爭解決の最終的決定であつて、等しく団体交渉の結実であるところの公労法上の労働協約と同様直に当事者間にその効力を生ずる。これが公共企業体の予算上又は資金上不可能な資金の支出を内容とするとき、その実施上の資金的隘路を打開する方策として、公労法第三十五條但書を以て同法第十六條の協定に関する規定を準用する。即ち政府はこの種の裁定又は協定につき拘束を受けず、これが履行上の責任を負担せぬものとすると同時に、十日内にこれを国会に付議して資金の追加支出を爲すべきか否かの審議を求むべきものとし、国会においてこれを承認したときは政府に履行の責任を生じ、裁定又は協定はその定める條項に從いこれに記載された日附にさかのぼつて実施せらるべきこととなるのである。尤も單に裁定又は協定が承認されたのみでは公共企業体の予算が改訂されたことにはならぬから、政府は予算改訂案を作成し併せてその承認を求めねばならぬのであるが、国会によつて右所定の行爲がなされると、それまで繰延べられていた資金の支出(同法第十六條第一項後段)はここに財政法上の支出條件を具備するに至るのである。

ところで協定の内容が同法第十六條にいわゆる「公共企業体の予算上、資金上支出不可能」であるとはいかなる場合を指すのであるかを檢討するに、(イ)日本国有鉄道の既定予算中給與の目自身において支出の余裕ある場合及び(ロ)財政法第三十三條第三項の規定により国鉄総裁限りで予算の流用を爲しうる場合は、共に政府に関係なく国鉄自体の内部において自主的処理が可能であるから、そもそも協定の政府に対する拘束力を云爲する余地すら生ぜず、(ハ)財政法第三十三條第一項第二項予算決算及び会計令第十七條によつて、予算の移流用につき大藏大臣の承認を要する場合及び(ニ)財政法第三十五條第二項第三項によつて閣議において予備費使用の決定をすれば協定の履行が可能となる場合は、国会の新なる承認を必要とせず既定予算の枠内で処理し得られるのであるから、政府は協定に拘束されて履行上の責任を負い、予算の移流用の承認又は予備費使用の決定を爲して、協定を実施に移すべきであるが、かような既定予算の枠内での操作によつては履行し難い場合は予算上資金上支出不可能という外はなく、最早政府に履行の責任はなく、只かゝる協定を所定の期間内に国会に付議して、履行に要する不足資金の追加支出に対する国会の承認を求める手続をとる義務を負うに止まるものとされるのである。以上の如く公労法第十六條は労働協約や仲裁々定の効力につき特別の定めをしたのではなく、純然たる財政法規であつて、一般財政法規に対する例外規定を爲すものであるが、更に同條が單に政府に対する拘束力を規定し、公共企業体とその職員との間に成立した協定の効力につき、直接何等の消長を及ぼすものでないところからすれば、公共企業体としては協定の定める條項に從つて履行の責を負い、自己の内部関係にすぎざる予算上資金上の支障を以て義務の履行を拒否する抗弁となし得ないものというべきである。

本件において、控訴人及び補助参加人は、予算に関する大藏大臣の承認又は予備費使用の閣議決定は完全なる自主性に基き、政治的裁量によつて自由に爲されるものであると主張する。しかしながら、公社職員に対する賃金その他給與に関する必要経費は予算の構成上「目」に計上されており、当該会計年度において支出を必要とする経常費にすぎないから、本件裁定の命ずるような不時の支出を賄い得ないことは、むしろ当然であり、予算の移流用又は予備費の使用によらなければその履行は多く困難に陷るべきところ、これが承認又は決定が全く政府の意思のみにかゝり、政府又は国会の手心一つで裁定の効力が左右されることになるとすれば、公労法が団体交渉の手続を定め調停仲裁の制度を設けて、団体交渉の手続と慣行を確立しようとしたのは一体何の爲であるか全く理解することができなくなるであろう。

最後に本件仮処分の必要性につき説明しよう。控訴人公社ないし政府の公労法を無視曲解し誠実を欠いた態度によつて、切つて落された本件紛爭によつて、憲法第二十八條の規定で保障され、公労法で整備強化された筈の被控訴人組合の団体交渉権は危機に瀕し、殆ど有名無実のものとされようとしている。この現実は組合員の一部を駆つて公労法上の手続ないしは訴訟による合法鬪爭に疑念を抱かせ、延いてはこれを否定して漸次非合法鬪爭を策する徴候をはらむに至り、或は組合内部の対立抗爭の激化を招來しようとし、或は団体交渉の結実を收穫し得ない結果組合員の生活はおびやかされようとするに至つたのである。これ畢竟団体交渉権の危機に胚胎するものであり、控訴人公社ないし政府の態度に基因する公労法上の法律秩序の破壞は、被控訴人組合が本件仮処分によつて救済を求めんとする対象であつて、この際急速に適切な救済が與えられないとすれば、その波及するところ独り被控訴人組合に止らず廣く国民の間に法律秩序蔑視の風潮を釀成し、労働組合運動の健全なる発達を阻害し、これに代えるに赤色組合運動を台頭させる危局を招き、公共の福祉は得て望むべからざるに至るであろう。これをしも仮処分の必要なしというならばまた何をかいわんやである。

控訴人及補助参加人の主張

本件裁定にかゝる金額は控訴人の既定給與予算面上は支拂不可能であるが、その中十五億五百万円以内の支出は大藏大臣の移流用の承認により予算上支出可能となつたがその余の部分は大藏大臣の予算の移流用の承認又は内閣の予備費使用の決定もなかつたので、公労法第三十五條及び第十六條にいう予算上資金上不可能な支出を内容とする場合に該当するものとして、政府は同月十二日第六回国会開会中の衆議院に対しその議決を求めるため該裁定を提出し、同月十九日これを右裁定中前記十五億五百万円以内の支出を命ずる部分を除き残余について議決を求める旨に訂正したが、衆議院は同月二十一日これを承認しない旨議決して参議院に送付し、参議院は同月二十三日條件付に承認の議決をなしてこれを衆議院に回付したところ、翌二十四日衆議院は該回付案を否決し且つ両院協議会を求めることも否決した。その後会期を終るまで本件につき何等の議決なく、茲に衆参両院の一致をもつて構成される国会の意思は裁定の右部分を承認せざることに確定したのである。

依て、控訴人は後にのべるように公労法第三十五條第十六條の解釈上本件裁定中予算上資金上不可能な支出を命ずる部分は無効となつたものと解しているが、被控訴人はその有効なることを主張して控訴人に対する仮処分の申請をなし昭和二十五年二月二十五日東京地方裁判所において「被申請人(本件控訴人)は右裁定に從わなければならない」旨の仮処分命令を得た上、申請人(本件被控訴人)において裁定第二項にいう協議がととのわないとして同第四項による公共企業体仲裁委員会の指示を求めたところ、同年三月三十一日本件指示が爲されたのである。他方控訴人としては、右仮処分は不当であると考え、東京高等裁判所に控訴を申立て、審理の結果、同年五月二十四日同裁判所において被控訴人の申立を却下する旨の控訴人の全面的勝訴の判決を得た(同廳昭和二十五年(ネ)第二一三号)。右事件は、被控訴人より最高裁判所に上告し目下係爭中であるが、右東京高等裁判所の判決には仮執行の宣言が付せられているので、現在においては、本件当事者間に、本件裁定の効力の存否に関する裁判所の確定した判決は存しない状態に在るのである。

第一  本件裁定は、既に支拂を了した十五億五百万円の部分を除いては公労法第十六條にいう控訴人日本国有鉄道の予算上又は資金上不可能な支出を内容とする場合に該当する。

一、公労法第十六條にいう「公共企業体の予算上又は資金上不可能な支出を内容とする」場合に該当しないためには、(1)日本国有鉄道の既定予算中給與の「目」自体において支出の余裕ある場合(2)財政法第三十三條第三項の規定により日本国有鉄道総裁限りで予算を流用し得る場合(3)同條第一項、第二項及び予算決算及び会計令第十七條により、大藏大臣が予算の移流用を承認した場合(4)財政法第三十五條第二、三項により、閣議において予備費使用の決定をした場合のいずれかでなければならぬ。すなわち、これら財政及び会計諸法令の適用により、予算に支出の余裕の存する場合に限られるのであるが、本件裁定については、前述十五億五百万円の部分のみが右(3)にかゝげる大藏大臣の承認によつて支出可能となつたが、その余の部分については右(1)乃至(4)のいずれにも該当する事情にないので、予算上、支出不可能という外ないのである。(公労法第十六條にいう「資金上」とは、日本国有鉄道等公共企業体の資金を供給するため特別の機構が設けられる場合を予想しての規定であるが、現在はこのような機構は未だ存しないのでここでは問題とならない。)

ところで予算の移流用の承認や予備費使用の決定は極めて高度の政治的責任を伴う最高度の行政行爲であつて、国家財政全般、否国の行政全般につき、精密な資料に基づく廣般且つ適確な視野に立ちうるものにしてはじめて可能であり、法は大藏大臣又は内閣をもつてしてはじめてこの地位に立ちうるものとしているのである。財務行政の実際にたずさわる機関でもなければ政府に匹敵しうる人的、物的の下部組織を有してもいない仲裁委員会の裁定によつて、実質上これ等の行爲がなされたと同一の結果に至ることはできない。元來、承認又は決定という行爲の実体に着眼すれば、單なる予算の実施(支出行爲)の限度を超え、予算上新しい「項」の設定ないしはある「項」の経費の金額の増加としての性質を有して居り、それは実定法上は、本來国会の予算審議権の範囲に属するものであるが、たゞ、予算を有機的且つ合目的々に、機に臨み変に應じて有効適切に使用せしめるために、行政廳にその権限を委ねたのであり、しかもその重要性にかんがみ特に最も直接に国会に責任を負う最上級行政廳たる大藏大臣又は内閣をして、その任に当らしめることとしているのである。大藏大臣又は内閣が承認又は決定をするに当つては、最も高度の行政的、政治的考慮を拂うべきものであつて、たゞに一公共企業体の経理のみに着眼するをもつては足らず、廣く内外の情勢を檢討し(連合国の占領下にある現在この点は特段の考慮を必要とする)、国政全般をも考量しなければならないのである。それは正に学者のいう政治的裁量の典型であり、自由裁量行爲たること疑問の余地がない。原判決は、法規裁量行爲については、たとえ行政廳の裁量行爲がなくとも、裁判所はその行爲があつたものとして取り扱うことができるとの前提に立つものであるが、この点は、いわゆる抑制均衡の理論に基いて規定せられた三権分立の憲法原理に反する見解といわざるをえない。仮りに大藏大臣又は内閣の承認又は決定が、原判決のいうように法規裁量行爲であるとしても、そのことは行政廳の行爲自体を不要ならしめるものではない。具体的な問題が、一定の裁量行爲を爲すべき法律上の場合に該当するか否かの具体的判断が行政廳の決するところに任され、もし、この要件を充たすものと行政廳が判断した場合には、行政廳は一定の行爲をなすべき法的義務を負担するというのが、学者のいわゆる法規裁量行爲の構造である。右の判断及び行爲二つながら行政廳の権限であつて、裁判所はたゞある法規裁量行爲が行政廳によつて爲された場合に、右の判断が違法なことを理由としてこれを取り消しうるに止り取消後の行政的救済は改めて行政廳の適法な措置に期待する外なく、一般に行政廳が法規裁量行爲をしないからといつて自ら、ある行政行爲をなし、あるいは、これをなしたと同一の結果を招來するような判断をなすことができないのである。

二、本件裁定(前記十五億五百万円の部分を除く。以下同じ)は、これに対する国会の承認がなかつたから、遂に効力を発生することなくして終つたものである。

(A)  仲裁委員会の裁定の性質

公労法による仲裁委員会の裁定がされたときは、その裁定と同一内容の労働協約が締結された効果を生ずるものであるから、裁定の効力については、労働協約に関する規定が適用され、裁定が労働協約として効力のないものであれば、その裁定は、無効であるといわなければならない。裁定と労働協約との間に異なる法理があるのではなく、原判決の説くように公労法による仲裁制度は公共企業体の職員から爭議権を奪つた代償として認められたのではない。両者は本來無関係であり、それぞれ別個の理由に基くものである。公共企業体の職員について爭議権の剥奪されているのは企業の公共性と重要性に鑑み、国家公務員と同様、憲法第十五條第二項の全体の奉仕者たる性格を有し、これに対し爭議権を賦與することが憲法第十二條後段及び第十三條の公共の福祉と調和し難いからであり、仲裁制度を認めたから爭議権を剥奪したものではない。

(B)  公労法第十六條及び第三十五條の解釈と本件裁定の効力

叙上の観点に立つて本件裁定の効力について考えてみるに、

(イ) 日本国有鉄道は、從前国の行政機関である運輸省が経営していた当時とは異なり、国から独立した公法上の法人であり、その経営の面においては、自主性が認められている。しかし、日本国有鉄道は、その資本金の全額が国家の出資よりなる完全国有の法人であることから、実定法上、財政の面においては、国の行政機関と同一の取扱を受け、国会の管理に服している(日本国有鉄道法第五條、旧及び現行第三十六條以下)。

從つて、日本国有鉄道が債務負担行爲をすることができるのは、本來、国の行政機関と同様、歳出予算の金額の範囲内の場合及び当該債務負担行爲について予め予算を以つて国会の議決を経た場合に限られ(旧日本国有鉄道法第三十六條、財政法第十五條、現行日本国有鉄道法第三十九條の二)、かかる既定予算の範囲を超える支出を内容とするものは、日本国有鉄道と第三者との間の取引関係についてなされた債務負担行爲であると、公労法により日本国有鉄道とその機構の構成分子たる職員との間の、換言すれば日本国有鉄道の機構内の関係において爲された債務負担行爲であるとを問わず本來法律上無効たるべきである。しかし、かかる労働協約及び裁定が無効であるのは、一に、国会によつてこれに要する予算的措置が講ぜられていないこと、從つて又、その予算の審議を通じてされるべき当該労働協約及び裁定の内容の当否についての判断を経ていないことに由來するのである。從つて、かかる労働協約を締結した後、又はかかる裁定が爲された後において、国会がこれに要する財政的措置を講ずることの可否及び当該労働協約又は裁定の内容の当否について審議し、国会がこれを承認したとき、その労働協約及び裁定を遡及的に有効ならしめることは、何等差支えないのみならず、公労法において認めた労働協約及び裁定を尊重する立場にも適合するわけである。かような理由に基いて、これを明文化したのが、公労法第十六條及び第三十五條但書の規定である。かく解すれば、国会の承認は、無効行爲の遡及的追認行爲又は能力の遡及的補充行爲と解するのが妥当である。

しかして、本件裁定は、その予算上又は資金上、不可能な支出を内容とするものであり、しかも、第六回国会において、国会の承認がないことに確定したのであるから、本件裁定は、国会の追認的行爲又は能力補充的行爲がされないことに確定したことによつて、永久に効力を発生するに由なきものとなつたのである。

(ロ) かりに、債務負担行爲をするについて、既定予算に拘束されるのは、日本国有鉄道だけであつて、債務負担行爲を内容とする労働協約及び裁定が既定予算の範囲を超えても、本來その効力に影響がないという解釈を採るとしても、かかる既定予算の範囲を超える債務負担行爲を内容とする労働協約及び裁定は、公労法第十六條及び第三十五條但書の規定によつて、国会の承認のない限り、効力を発生しないものと解すべきである。このことは、右法條の文言上明かであるのみならず、その実質上の理由に徴しても疑のないところである。

労働協約及び裁定について適用又は準用される右第十六條第二項末段には、「国会による承認があつたときは、この協定は、これに記載された日附にさかのぼつて効力を発生するものとする。」と明文を以て規定され、殊に裁定について適用される右第三十五條においては、「当事者双方(日本国有鉄道及びその職員)とも服從しなければならない。」に対する但書として、「但し、第十六條に規定する事項について裁定の行われたときは、同條の定めるところによる。」との規定が置かれ、予算上又は資金上、不可能な支出を内容とする裁定の行われたときは、国会の承認があつた場合に限り、その裁定に対して当事者双方とも服從しなければならない趣旨が明かであつて、右両條の文言上、右と異なる解釈を採る余地はない。日本国有鉄道の職員の給與は、日本国有鉄道法第二十八條に從つて定められなければならないが、労働協約又は裁定によつて定まつた給與が右法條に適合するや否は、国権の最高機関であり、且つ、日本国有鉄道の財政管理権を有し、その予算について決定権を有する国会において審議するのが妥当である。かように、日本国有鉄道の資金の支出を内容とする労働協約及び裁定は、その内容の当否についても国会の審議を実質上必要とするものである。しかして既定予算を超えて、その予算上又は資金上不可能な資金の支出を内容とする労働協約及び裁定については、公労法第十六條及び第三十五條但書の規定を設けて、かかる労働協約及び裁定につき、国会の審議に付し、その承認のあつたときは、遡及的に効力を発生せしめ、その承認のないときは、失効せしめることとしたのである。從つて、かかる労働協約及び裁定は、国会の承認を停止條件として効力を発生するものと解して妨げない。しかして、本件裁定については、国会の承認がないことに確定したのであるから、停止條件が不成就に確定し永久に失効したものといわざるを得ない。この点につき労働関係の内容が自主性の認められた日本国有鉄道の経営内部の事柄であること及び仲裁制度が爭議権に代る裁判的制度であることを理由として、国会の承認の有無は、裁定の効力発生とは無関係であり、單に予算上の履行の可能、不可能を決するに過ぎないものであるとする説があるけれども、右の見解は、日本国有鉄道に対して有する国会の財政上の管理権を有名無実に帰せしめることを看過したものであつて承服し難いところである。又国会は、裁定の承認、不承認の決定をするに当つては、單に財政の観点からのみ檢討すべきであり、裁定の内容の当否については判断すべきでないとの説もあるが、しかしながら、資金の支出を内容とする裁定については、国会がその内容について審議すべきは当然であるのみならず、およそ、国会の有する財政処理の権限及び予算審議権は、單に財源の有無又は適否についてのみ判断するものではなく、先ず、その財政的措置を必要とする事項の当否を判断し、その事項が正当であると判断したときに、財源の有無、適否等を勘案して、その財政的措置を講ずるや否を決するのである。国会には裁定の内容の当否について判断する権限なしとする右の見解は、憲法第八十三條の国会の財政処理の権限及び憲法第八十六條の国会の予算審議権の趣意に矛盾する見解であつて、到底承服し得ない。

以上のように、本件裁定は効力を発生せずして終つたのであるから、これに基いて仲裁委員会のなした「配分方法は職員一人当り一率に六百五円とする」旨の指示も全く無意味に帰したものというべく、控訴人が被控訴組合の組合員に対し被控訴人主張のような金員の支拂義務を負担することはあり得ない。從つてその存在を前提とする原判決は取り消さるべきである。

第二  被控訴人の本件申請が、組合員の取得したと主張する具体的な給與債権を訴求するものであるならば、実定法上被控訴人組合はこれらの債権を管理又は処分する権能を有しているとはいえないから、本案訴訟における当事者適格を有しない、從つて、その本訴を前提とする本件仮処分申請が許されないとする控訴人の主張は、原判決事実摘示のとおりであるが、若し、被控訴人の本件申請が、本件裁定のいわゆる規範的部分について、控訴人に実行義務をみとめる見解に立脚して、その仮の履行を求めるものであるとするもいわゆる実行義務なるものの実体は、結局「協約は合意によつて成立した結果であるから当事者は誠実にこれを守るべきである」ということに帰着する外なく、それ自体としては独立の権利義務の内容をなさない一の誠実義務というべきものである。それは、労働協約によつて定つた個々の労働契約における使用者の基準違反行爲に対し、労働組合が爭議行爲を以て対抗することを合法行爲と説明するため案出された信義則の変形としての法原理であるに過ぎない。從つて組合にこれに対應して「実行義務の履行を求める権利」というような具体的権利をみとめるべくもないのである。

仮りに、控訴人が何等かの具体的内容を有するいわゆる実行義務を負担するものとしよう。だが、これに対し今現に債務者たる控訴人よりする何らかの危險が迫つているであろうか。被控訴人は、ただ單にこの義務を否定しているだけであつて、それ以上何等の積極的行爲に出ているのではない。一般に債務者が、その法律的見解に基いて自己の債務の存在を否認しているだけでは、債権者に債務存在確認の訴を提起する利益があるということはできても、仮の地位を定める仮処分の必要性を首肯せしめるに足る民事訴訟法第七百六十條にいう「急迫なる強暴行爲」ありという者は恐らくないであろう。また仮りに債権者が、右の債務者の否認を機縁として、道徳的に墮落するとか、犯罪等の惡徳に染まるということがあつても、意思の自由を肯定する立場に立脚する意思責任の原則を放棄していないわが法制の下においては、その蒙る倫理的損害と債務者の右の債務否認の態度との間に直に法律上の因果関係ありと断ずることはできず從つて同條にいう「著しい損害」ありとすることも亦不可能というの外はない。また仮りに、右債務者の否認を契機として、債権者が非合法鬪爭に移り、公共の福祉を害する危險があるとしても、およそ、民事訴訟法による仮処分は、私権の保全手続であるから、仮処分の必要性としての「避けんとする危險」も、私的利益に対する危險に限られるのであつて、公共の福祉に対する危險、即ち公益に対する危險というが如きは、右仮処分の必要性としての「避けんとする危險」には該当しないといわなければならない。要するに本件において仮処分の必要性あることは到底これを認めるに由ないのである。(疎明省略)

四、理  由

第一当事者適格

労働組合は、個々の労働者の力を結集して社会的経済的優位にある使用者と対等の立場に立ち、団体行動を通じて労働者の生活の維持改善、地位の向上を計ることを目的とする。個々の労働者は、労働組合を結成してその統制に服し、団体の力によつてよく自己の利益を擁護することができるのであり、労働條件の改善その他労働関係における労働者の諸要求を団体交渉に移してその達成に努め、労働者の利益保護に当ることは、労働組合本來の任務に属するのであるから、労働組合は、労働者の利益のために使用者と団体交渉をするのみでなく、その交渉の結果成立した協定の履行を請求し、労働者の利益実現の爲の必要な一切の行爲を爲しうべきことは、右労働組合の使命に照し当然の帰結といわなければならない。

労働組合法第六條には、労働組合の代表者は、労働組合又は組合員のために使用者と労働協約の締結その他の事項に関し交渉する権限を有する旨規定している。これによつて見るも、労働組合が自己固有の権限として個々の組合員のために使用者と交渉し、組合員の有する権利の実現を請求しうること明かであるから、組合員が明かに反対の意思を表明した場合を除き、その有する賃金債権につき、労働組合は、使用者に対し各組合員に直接賃金の支拂わるべきことを請求する権能を有するものといわねばならない。それ故、被控訴組合は、本件仲裁々定に基く各組合員の賃金債権につき、訴訟行爲を爲す適格を有するのである。若し反対の見解を取り、かゝる場合労働組合の当事者適格を否定するときは、各組合員は、單独又は共同して訴訟を爲す外なく、組合員が相当多数にのぼる場合には、実際上甚しい訴訟手続の煩雜を來し、却つて当事者の利益保護に欠け、訴訟経済の要請に反する結果となるであろう。又組合の代表者において訴訟を適切に遂行せぬため、組合員に損害を加える恐のある場合には、(組合が自己固有の権利として訴訟をする場合その判決の効力は組合員に及ばないものと解すべきであるが、仮りにこれが組合員にも及ぶものとしても)組合員はその代表者を改選し、又は自ら当事者として訴訟に参加する等種々なる救済手段が考えられるのであるから、これ亦組合に当事者適格を認めるのを否定する論拠とはなり得ないのである。

第二本件仲裁々定成立に至るまで及びその後の経過

控訴人が日本国有鉄道法によつて設立せられた公法人(公社)であつて、公共企業体労働関係法にいう公共企業体であり、被控訴人が控訴人公社の職員を以つて組織せられた法人格を有する労働組合であること、被控訴人組合と控訴人公社とは、賃金その他雇傭の基礎的條件に関する成文の労働協約を締結する目的を以て、毎年少くとも一回団体交渉を爲すべき義務があるところ、昭和二十四年度の団体交渉においては、賃金ベースの改訂、年末賞與の支給の二点につき協定が成立せず、調停手続も不調に帰したので、被控訴人は、公共企業体仲裁委員会に対し仲裁の申請を爲し、同年十二月二日、同委員会は、右條項に関し、職員の受けた待遇切下を是正する趣旨において、公社は本年度総額四十五億円を支拂うべきものとする裁定をしたことは、当事者間に爭がない。又原本の存在並びに成立に爭のない甲第八号証、成立に爭のない同第九号証の一ないし三によれば、控訴人公社は、本件裁定に基き公社の財政を愼重に檢討した結果、損益勘定において石炭費の節約による五億六千三百三十九万六千円、修繕費の繰延べにより十一億六千六百六十万四千円計十七億三千万円、工事費勘定において人件費その他の節減により七千七百四十三万七千円以上合計十八億七百四十三万七千円を公布予算内において費目の流用により支出可能の見とおしがついたものとして大藏大臣に流用承認の申請をしたところ、大藏大臣は、損益勘定において十四億二千六百五十八万七千円(石炭費五億六千三百三十九万六千円修繕費八億六千三百十九万一千円)、工事勘定において七千八百四十一万三千円、合計十五億五百万円についてのみその流用を承認したことが疎明せられ、政府が本件裁定につき右十五億五百万円の支出を命ずる部分を除く残余について議決を求める爲め、これを第六回国会に提出したが、遂に衆参両院一致の承認を得るに至らなかつたこと、及び公共企業体仲裁委員会が、昭和二十五年二月二十日被控訴人主張の経過により国鉄総裁の申請にかゝる十八億七百四十三万七千円から、大藏大臣が流用の承認を與えた結果全職員に支拂われた金十五億五百万円を控除した残額三億二百四十三万七千円の配分方法につき、被控訴人の申請に基き、職員一人当り一率に六百五円とすべき旨指示したことも亦当事者間に爭を見ないところである。

第三裁定の効力

控訴人日本国有鉄道設立の目的は、從來の国営鉄道事業を引継いで能率的な運営によつてこれを発展させ、公共の福祉を増進させることにあり(国鉄法第一條)、その事業の性質が私企業によつても経営しうるものであるから、職員の服務関係は上下服從の権力関係ではなくて、当事者対等の立場に立つ民間企業体のそれに準ずべきものとして、職員には国家公務員法を適用せず(国鉄法第三十四條第二項)、事業の高度の公共性に鑑み職員の爭議行爲は一切これを禁止する(公労法第十七條)と共に、その労働條件に関するあらゆる紛爭は団体交渉によつてこれを決し、その友好的平和的調整を図るために公労法の制定を見るに至つたこと(同法第一條)はここに改めて説くまでもない。

そして団体交渉の結果職員と国鉄公社との間に、協約が成立すれば、当事者はこれに覊束され、協約が給與基準に関するときは、公社は職員に対し協約所定の基準に從う賃金を支給する義務を負担すべく、協約不成立の場合に処するために、別に調停及び仲裁の制度が設けられ、仲裁委員会の裁定に対しては当事者双方とも最終的決定としてこれに服從すべきものとし、これに協約と同一の効力を附與し(同法第三十五條)これを以て紛爭の終局的解決を見るに至るのである。

ところで、国鉄は、その資本金が全額政府の出資にかゝり(国鉄法第五條)財政上は勿論事業上も政府の監督に服し(同法第五十二條)その会計及び財務に関しては公共企業体の会計を規律する法律の制定実施を見るまで(昭和二四年法律第二六二号による改正前)は、国鉄を国の行政機関とみなし財政法会計法等が適用され(改正前同法第三十六條)経理上国の予算と同様な取扱を受けているところから(改正前同法第三十八條)、公労法第十六條により協約又は裁定が公共企業体の予算上資金上不可能な資金の支出を内容とするときは効力上の制限を受け、政府はこれに拘束されることのないのは勿論、国会の承認あるまではいかなる資金の支出も禁ぜられ、国会の承認があつて始めて協約又は裁定に記載されたその成立の日附に遡つて効力を生ずる旨定められている。即ちかゝる協約又は裁定に関する限り国会の承認はその効力発生要件を爲すものであることは、右の規定上疑の余地なきところであり、被控訴人の主張するようにこれを單に資金の支出條件を定めたものと解することはできない。そこで右にいわゆる予算上資金上資金の支出が不可能であるとは如何なる場合を指すのであるか、又本件裁定は果して可能な資金の支出を命ずるものであるか否かにつき双方の見解が分れ、これが本件における主要な爭点となつているのである。

思うに国会が予め承認した国鉄の既定予算の枠内で経理上の操作により賄うことができて、これを支出するがために資金の不足を來し、国会に追加予算の議決を求める等新なる国民の負担を掛ける必要のない場合、即ち国会の行爲をまたず財政上の行政措置により、国鉄経理能力の範囲内で国鉄自身の手持資金を以つて処理することができる場合は、支出不可能に該当せず、右は資金の追加支出につき国会の行爲を要する場合のみを指すものと解する。從つて、

(イ)  国鉄の既定予算中の目自体において裁定の定める金額を支出する余裕がある場合

(ロ)  財政法第三十三條第三項により国鉄総裁限りで予算の流用をなしうるか国有鉄道事業特別会計法第十二條改正前国鉄法第三十六條第二項により国鉄総裁限りで予備費の使用を爲し得て裁定を履行し得る場合

(ハ)  大藏大臣が財政法第三十三條第一、二項予算決算及び会計令第十七條により予算の移流用を承認することにより賄い得る場合

(ニ)  財政法第三十五條第二、三項により閣議において予備費の使用を決定した場合

はいずれも支出可能な場合に属し、仲裁々定は当事者のみならず政府をも拘束する効力を生ずる。

而して予算の移流用が可能であるか否かは、專ら公社の経理運営の面より実質的に観察して判定すべき問題であり、移流用を爲すもその結果国鉄の運営に障碍を來さぬものと見られるときは、大藏大臣としては当然その承認を與うべきであり、苟も既定予算の範囲内で資金の捻出融通の途がある場合は、協約又は裁定は直ちにその効力を生じ、当事者はその條項の定める所に從つて履行の義務を負い、政府も履行に必要な財政上の措置を爲すべき拘束を受けるものである。この場合予算の移流用又は予備費の使用が公社の経理上実質的に見て可能であるに拘らず、大藏大臣又は内閣がその承認又は決定を拒否するときは、予算制度の下にある公社としては実際上これが支出を爲し得ぬ結果となるけれども、これは單なる履行上の障碍にすぎず、義務自体の存否には何等消長を及ぼすものではない。

控訴人及び補加参加人は、大藏大臣又は内閣の右予算移流用の承認又は予備費使用の決定は、高度の政治的考慮に基く完全なる自由裁量によつて爲されるものであると主張する。一般的に云えばかゝる行爲は行政上の効果に対する考慮によつて支配される自由裁量行爲といいうるであろうが、公労法上の協定又は裁定の実施に関する限り他の行政上の必要によつて爲される場合とは自ら事情を異にする。即ち公共企業体の職員は、私企業における労働者と異り、事業の高度の公共性よりして一切の爭議行爲を禁止され、公社との間の雇傭條件に関する紛議は凡て平和的な団体交渉によつてこれを決すべきことを要請され、相互の交渉によつては局面の打開を計ることのできぬ場合に備えて、調停仲裁等の制度を設けられたのであるが、交渉が円満に妥結して協定が成立し又は紛爭の最終的決定として当事者がこれに服從すべき仲裁委員会の裁定が示された場合、これ等協定又は裁定の実施は、公社の予算上給與費目に余裕の存する極めて稀な場合を除いては事実上他費目の移流用による外はなく、これが流用を承認すると否とは一に大藏大臣の自由裁量に任され、その政治的考慮によつて左右されるものとするならば、公労法が紛爭の友好的平和的解決を図るため、団体交渉の慣行と手続とを確立し、公共企業体の正常なる運営と公共の福祉を擁護せんとした立法の精神は全く沒却される結果に立ち到るのである。かくては政府から独立した地位と権能を與えられた仲裁委員会の制度も充分なる機能を発揮することはできず、職員の生存権の保障も薄きこととなる訳である。それ故かような帰結に陷る控訴人の見解はこれを採用することはできぬ。

ところで、本件の場合果して被控訴人の主張するように、控訴人公社の予算上総額十八億七百四十三万七千円が、費目流用により支出可能と解されるであろうか。被控訴人の挙げる疎明方法によつては右算出にかゝる金額を妥当とすべき根拠が必ずしも明白ではなく、公社の最高責任者たる国鉄総裁において右金額の流用可能なりとしてその承認を申請したのに対し、その財政監督の局に在る大藏大臣が右数額を檢討の上十五億五百万円についてのみ流用を相当としてこれが承認を與え、その余の部分の流用を拒否したのであるから、この事実からすれば何れの側の見解を是とすべきかは本案訴訟の審理をまたずにわかにこれを即断し難いところであるが、本件において、控訴人及補助参加人は、大藏大臣の右承認を拒否したのは專ら公社の経理上の見地よりこれを不当としたものであるとは主張せず、その承認するや否やは公社の経理財政の局面のみに捉われることなく、廣く国政全般に通ずる高度の政治的見地よりこれを決すべきである旨強調している所からすれば、大藏大臣が右差額三億二百四十三万七千円につき流用の承認を與えなかつたのは、公社の経理上の理由から出たものではなく、他の政治的考慮によるものと推認する外はない。從つて本件に関する限り、国鉄総裁がその責任において支出可能なりとして流用の申請をした前記金額は、現実に公社の予算上流用の余地あるものと見るを相当とすべく、從つて控訴人は、該金額につき、仲裁委員会の指示した配分方法に從つて、被控訴組合の職員一人当り金六百五円の支拂を爲すべき義務を負うものというべきである。

第四仮処分の必要性

一般に係爭権利関係につき、紛爭の解決を本案訴訟の解決にまつにおいては、権利実現の遅延により債権者に著しい損害を蒙らしめ、後日勝訴の判決を得ても最早権利の実現は無價値に帰し、権利の内容たる実質的の利益を享受することができなくなる等その他これに類似の切迫した危險が現存する場合には、かかる危險を除去する爲めに仮処分命令を以て当事者間に仮の地位を形成し、債権者に仮の満足を與えることが許されるのである。しかし本件において果してこの種仮処分を爲す緊急の必要があるといいうるであろうか。被控訴人は、本件仮処分によつて保護されるものは被控訴組合の有する団体交渉権であつて、これが控訴人公社ないし政府の公労法を無視した誠意なき態度によつて有名無実と化する危機に瀕している。今にして適切な救済が得られなければ、或は組合員の一部を駆つて合法鬪爭に望を絶つて非合法鬪爭に赴かしめ、或は組合内部の対立抗爭の激化を來して建全な組合運動の発達を阻害し、或は組合員の生存権がおびやかされる等の重大な結果を招き、遂には国民の間に廣く法律蔑視の風潮を釀成して公共の福祉を害すること甚しきに至るであろう。被控訴人が本件仮処分を求める理由もここに存すると主張する。しかし乍ら本件における紛爭の対象は、前記仲裁委員会の裁定の効力であり、右裁定が果して控訴人日本国有鉄道の予算上資金上可能な資金の支出を内容とし、從つて大藏大臣の予算の移流用の承認なく、又国会の承認を経ずとも控訴人公社は総額三億二百四十三万七千円被控訴人組合の職員一人につき金六百五円の即時支拂義務を負うものであるか否かの問題を廻つて、当事者双方の見解が分れているにすぎず、被控訴人が憲法並びに公労法の規定上有する団体交渉権それ自体が爭の目的となつているのではない。控訴人公社が法規の解釈上右支拂義務を否認したればとて、この一事によつて被控訴人の有する団体交渉権が有名無実と化する危機に瀕するものと極言することはできない。右仲裁裁定の効力に関する見解の対立は、本案訴訟の判決によつて始めてこれを解消することができ、右判決に至るまでの間と雖も、別に必要が生ずれば被控訴人組合は控訴人公社を相手にいくらでも団体交渉を進めることができるのである。只本件の爭を未解決のまゝに放置すれば今後職員の給與問題につき控訴人公社との間に何等かの協定に達し又は仲裁裁定を受けた場合、その実施が公社予算の給與費目を以て賄い得られぬときは、事実上再び同種の紛爭をひき起す恐があるというに止る。しかし事は純然たる法律問題に属し、何れの見解を正当とすべきかは本案判決によらなくては終局的に確定せられるものではないから、被控訴人が本案訴訟を提起せずにいる限り、仮令その申請通りの仮処分を得たところで、それは飽くまでも紛爭解決の中途における仮の処置にすぎず、將來同種の紛爭の起きることを防止しうるものではない。それ故被控訴人の有する団体交渉権が現に危機に陷つており、これを救済する爲めに是非とも本件仮処分を必要とするとの被控訴人の主張は是認することはできぬ。現下法治主義の下において自己の主張を貫徹する爲めには手段を択ばず、法律秩序を乘り越え非合法鬪爭によつて相手方の意見を圧服し、早急に紛爭の解決を計ろうとするが如きは到底許し難いことであり、被控訴組合の職員にしてその地位と職責に対する自覚があれば、本案訴訟の提起による法の救済を求める途を捨て、その公共的使命を顧みずにたやすく非合法鬪爭に走るものとは考え得られない。仮りに紛爭の解決遅延により一部にかゝる矯激な傾向を生ずるに至るとしても、これは組合自身の規律と組合員の自覚によつて自律的に抑制すべき所であり、仮処分によつて防止すべき問題ではない。被控訴人は非合法鬪爭の惹起又は法律無視の傾向の瀰漫により公共の福祉が害される結果に至ると主張するけれども、これを阻止して公共の利益を擁護することは本來私権の保護を目的とする仮処分制度の関知する所ではなく、公共の利益保護を理由として仮処分の申請を爲し得ざることは多言を俟たない。又本件裁定にかゝる給與金額は国鉄職員の不当なる待遇の切下を是正する趣旨に出たものであるにせよ、今問題となつている数額は一人当り金六百五円にすぎない。これが即時に支給されることは職員に取り望ましいことではあつても、それは現に受けつゝある賃金に添加して爲される過去の賃金の追加支拂であり、これなければ職員の生存を維持する上に、直に重大なる支障を來すべき性質のものとはいい得られないから、單に数字を離れて、賃金は勤労者の生活の基本を爲すものであり、その生存に関する所重大であるとの一般的な議論のみにより、仮処分を命ずることはできないのである。これを要するに、本件仮処分の必要性につき被控訴人の主張する所はすべてその理由なく、本件仮処分の申請は、この点において失当とせざるを得ない。

よつて右と異る見解の下に被控訴人の申請を容れた原判決はこれを取り消し、本件仮処分申請を却下すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條第九十六條仮執行の宣言につき同法第百九十六條第一項を適用し、主文の如く判決する。

(裁判官 大江保直 梅原松次郎 奧野利一)

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